今週は、現在劇場公開中『HUMAN LOST 人間失格』特集です。あの太宰治『人間失格』を原案にしながらSFダークヒーローアクションという、なんとも想像のつかない企画であることが作品の大きなフックになっているですが、果たして…。現在の社会を省みながら、昭和という過去の延長上で未来を描く物語。映像的にも語りどころの多い作品です。
■GDP世界1位、年金1億円支給、120歳寿命保証…幸せな日本?
くむ「昭和が続いている世界なんですよね。平成も終わり、令和の時代になったのに、この舞台は昭和ですよ」
美樹「昭和111年という設定が私すごく好きで。平成とか令和を経てきているけど、昭和の時に誤った選択をした日本がこうなったかもしれないというのが、すごくロマンがあっていい設定だなと思うんですよね」
くむ「昭和がずっと続いている世界って、パトレイバーの劇場版3で同じような設定があったんですけれども。響くよね、やはり。我々は昭和生まれなわけじゃないですか、まだ」
美樹「そうなんです」
くむ「平成生まれからすると過去の物語になると思うんだけど。昭和生まれからすると、その地続きな世界なわけですよね、自分たちが生きていた」
美樹「そう。だけどちょっと昔、という感じの。一番身近な昔、みたいなところがいいなって」
たま「『24時間戦えますか』って言っていた時代が続くとこうなるわけですよ」
那瀬「やだねえ……19時間働けても嬉しくないよ、私」
美樹「わかる! だって冒頭に出てきた言葉で衝撃的だったのが、帰宅ラッシュの午前4時、っていう…どういうこと?と思って。その後に19時間働いているということを知って。人間て何なんだろうと思いました」
くむ「そこまで働くから、年金1億円も支給されるし、120歳まで長生きできるわけですよ」
那瀬「ちょっと思ったのが、日本のイメージって昭和のままなんだな、っていうか。この作品てけっこう海外との関わりの強い作品なんでしょ」
たま「わりと、アプローチが強いかなという気がしますね。それこそ『AKIRA』とか。あの頃の“ニッポン感”みたいなもの、すごく惹きつけられるものの多い世界観なんだなと思います」
■1作ごとに進化する、ポリゴン・ピクチュアズ
那瀬「キャラの違和感のなさもそうなんですけど、やっぱり3Dじゃないとできないダイナミックな映像づくりが今回すごく発揮されていて、組み合わせ的にもすごいことをしているなと思いましたね。グリグリ動くし、俯瞰から一気にズームとか、そういうカメラ運びもできるけれど、やっぱりそういう立体感のある映像にすると、どうしてもキャラクターとフィットしないところが出てきがちなところを、すごくうまく映像に落とし込んでいるな。こっちが見慣れてきたというのはもちろんあるんだけど、すごいなと思いましたね」
くむ「もちろん、作り続けてきたノウハウの蓄積みたいなものもあるんだと思うんですけども」
那瀬「融合具合の円がどんどん広がっている感じかな。できることが増えてる。そことそこを組み合わせたら絶対違和感出るでしょう、というところの違和感がどんどんどんどんなくなっているから、本当に凄い進化だなと感じますね」
美樹「インタビューに、ポリゴン・ピクチュアズ側の制約として、キャラクターを10人以上出さない、あまりアクションさせないで欲しい、服装は変えないで欲しい、というのがあったと冲方さんが語っているんですけど。結果的に相当全部やっている、という(笑)。そういうところですよね。もともと制約でできないはずだったところを毎回毎回チャレンジして乗り越えていっているから、こうやって新しくできることが増えて、進化していっているんだなと感じます」
那瀬「葉蔵さん、着替えてましたからね」
くむ「それこそ、ポリゴン・ピクチュアズのスタッフって、19時間働いてるんじゃないの?」
那瀬「ひえーー!」
美樹「確かに……」
■人間を失格したのは誰なのか
那瀬「ちょっと厳しい縛りだったかなとは、正直思いますよ」
たま「そうですね。やりたいことがめちゃくちゃいっぱいあるから、1本に絞りきれなかった部分はちょっと感じたりしますね」
くむ「まず何よりも『恥の多い生涯を送ってきました』という、大庭葉蔵の語りに対して、そんな恥の多い人生だったのかという点に疑問を抱きますからね」
たま「罪が多いだったらちょっとしっくりくるんですけど。それは恥なのかというのは、私もちょっと飲み込みづらいかなと感じた部分でしたね」
くむ「あの世界の人間、日本人として、自堕落な生活をしていたということですよね。絵を描くことしかやっていなかった。他の人たちはめちゃくちゃ働いているわけじゃない。そういう意味では、それを恥と言えば恥なのかもしれないけども。認識の問題だよねという気もするから」
那瀬「いろいろ人間失格の要素をリスペクトしていることはわかるんだけれど、やっぱり『恥の多い生涯を送ってきました』という、このガンとした文言を求めていたから。そこはちょっとね、肩透かしというか」
くむ「もっと大庭葉蔵には恥の人生を送って欲しかったですよ」
美樹「確かに。私的には、葉蔵がその台詞を言ってはいるんですけど、作品全体の人間たちがそうだと総括しているような言葉に聞こえて。それだったら納得がいったんです。葉蔵自身が、というと確かに疑問だなという感じで。この作品を統括しているセリフだと思うと、そんなに違和感はなかったかなと。そういう風に聞いていましたね」
くむ「昭和111年までいってしまった昭和の時代、として考えたら」
美樹「そう選択した人間たちに対して、そうだね、という感じに聞こえたなという気がします」
未来は明るいのか、希望などないのか…。両方を背負って戦い続けることは、葉蔵にとって自分の本性と向き合い続けることでもあります。昭和でいえば95年を迎えるいま、もしかして我々は合格を目指してはいないでしょうか。個人としての人間と、現代社会における人間、ふたつの意味で人間の生き方を問う作品でした。
(笠井美史乃)